カレンダー
08 | 2005/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
Facebook
最新の記事
プロフィール

加藤 利教

Author:加藤 利教
Katoh's Roomへようこそ!

カウンタ
カウンタ2
現在の閲覧者数:
ブログ検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新聞に載らない内緒話

即効性か、持続性か              

 昭和55年秋。後に巨人監督となる藤田元司は中央高速道を西北西へ、愛車ベンツを飛ばしていた。行き先は長野県茅野。川上哲治、王貞治のそれと同じ敷地内にある、別荘へ休暇を過ごすためである。シーズンもほぼ行方が定まり、評論家としての仕事もひと段落した。ネット裏の解説があるとすれば日本シリーズだけである。つかの間の骨休み、のつもりだった。

当時普及し始めていた車両電話が鳴った。電話の主は読売関係者、監督就任要請である。藤田は車を反転させ、東京・大手町の球団事務所(当時)へ向かう。巨人は3年連続で優勝を逃し、誰もが信じはしなかったが「長島解任」は時間の問題だった。曲折はあったものの藤田元司は監督就任を了承する。「巨人軍を立て直して欲しい」という要請を断る理由はなかった。

この時の巨人(読売)にはまだ「理性」というものが残っていた。決して有名人ではない藤田元司に白羽の矢を立てた。王貞治は引退を決めたばかり。人気を重視するならば「王監督」がファンのニーズであったろうし、実際視聴率も安易に稼げたはずだ。その王貞治を帝王学の名のもとにさほど重要ではないポスト、助監督に据え、要(かなめ)のヘッドコーチには牧野茂をあてた。巨人再生だけを主眼に監督人事を行った。名より実を取り、強くなることが結果、球界のため(球界発展のため、とはあえて書かない)になることも知っていたからである。

 さて、平成17年は8月半ばにストーブの火がついた。日刊スポーツが巨人の次期監督候補に星野仙一が挙がっていることを伝えたからだ。以後の経過は新聞が書いているとおりである。最終的な着地点はこの原稿を書いている9月4日時点では見えないが、もし星野仙一が監督に就任するならば、巨人にとって起死回生の人事と言うことになる。世間の注目はもちろんだが、史上最低といわれる野球中継の視聴率も急速に回復することだろう。  

ただ、それが低迷する球界の立て直し策になりえるだろうか。改革は昨年、ストという荒療治を経ながらも遅々として進まない。たとえ巨人が強くなってももはや球界全体の発展にはつながらない。先送りしてきた諸問題がにっちもさっちもゆかない状態になっているからだ。一方、星野仙一という有能な人材はその采配に即効性はあっても持続性がないことは、過去のキャリアが物語っている。球界の行く末もまた、失礼な物言いだが、なにやらかぶって見える。「星野巨人」に浮かれている間は、という意味である。


スポーツ、芸能情報は日刊スポーツへ。
ご購読申込は当ASAもしくは日刊スポーツ販売局0120(81)4356

スポンサーサイト

新聞に載らない内緒話

去りつつある者

「来る者は拒まず 去る者は追わず」という言葉は巨人監督時代の王貞治さんから聞いた。

 以来、同じような感覚で生きてきた。月に何度か一緒に食事をしたり、電話をもらったりしていた仲がいつの間にか連絡も途絶えがちになり、人間関係が薄れてゆく。原因が打算であったり、当方の不徳であったりするわけだが、それも仕方がないし、あえてこちらから問いかけもしないし、反面新しい人間が近づいてきて交流が始まる。こんなことの繰り返しで生きてきたが、ふと気がついてみると「親友などはどこにもいないのだなぁ」という思いにふけることになる。まぁ、親友などそう簡単にできるわけでもなし、袖すりあう中でそれなりに楽しく生きていければよい。決して刹那(せつな)な感情ではなく。

「そういう意味で長島さんは大変だよね」と言ったのは王さんだった。

 現場記者時代、王さんの車によく同乗させてもらった。野球の話はさっぱりで、もっぱら人生にまつわる話に終始した。ある時スポーツ雑誌の創刊が話題になった。大手出版社が鳴り物入りで作ったもので第1回の特集は「長嶋茂雄」ではなかったか。表紙はモノクロの、ヘルメットを飛ばして三振する、あの有名な写真と記憶している。「いずれ王さんも特集を組まれますね」と水を向けたら「そりゃないね。オレの特集では売れないよ。サラリーマンみたいな野球選手だから、面白みがないだろう」。サラリーマンのような、という表現は適切ではないような気がしたが、こつこつと積み上げる、一面派手さにかける人生という意味だろうと受け取った。

 人気者の「長島さんには、その下にぶら下がって飯を食っている人が多いからね」と王さんは続けた。確かに王さんには取り巻きが少ない。誤解を避けるならば、「王貞治」の名前を使って商売をしている人間が比較的少ない、という意味である。

 療養中の長島さんが球場に戻ってきた。本人は純粋にファンを意識してのことだろうが、その意に反して周囲はかまびすしい。北京五輪の日本代表監督などと言う声まで聞こえてくる。それだけ商売になると踏んでいるわけで、本人の心根などどこ吹く風である。そんな手合いに囲まれた(今回の入院騒ぎで少しは取り巻きたちも反省してくれていればよいが)長島さんを心底憂えるのは、やはり僚友・王貞治なのである。

 今年、野球界を取り巻く環境はひときわ厳しい。様々な要因があり、改革を怠ってきた球界関係者の責任は重いが、もう一つ言えば「長嶋茂雄」を唯一神としてきた感覚も時代遅れになっている。

  「去りつつある者」をも、追わないことだ。長島さんのためにも。


スポーツ、芸能情報は日刊スポーツへ。
ご購読申込は当ASAもしくは日刊スポーツ販売局0120(81)4356

1リットルの涙

映画「1リットルの涙」 上映決定
 80万人が泣いた感動のベストセラー待望の映画化!

m050110a.jpg


●期日      10月 8日(土)

●場所      飯塚コスモスコモン

●上演時間    10:30/13:30  

●お問合せ    北福朝日会 093-583-6307


あらすじ・解説

亜也は中学3年生の時、突然、脊髄小脳変性症という難病にかかってしまう。反射的にバランスをとり、素早い滑らかな運動をするのに必要な小脳・脳幹・脊髄の神経細胞が変化し、ついには消滅してしまう病で、発症の原因が不明のため治すことができない。それでも亜也は進学校の県立東高校に入学、新しい友達に囲まれて勉学に励んでいた。しかし病は徐々に進行し、亜也はとうとう自力で歩くことすらできなくなってしまう…。                           

生きることを諦めず、難病と闘い続けた少女の実話を映画化。原作は、亜也さん本人の日記を編集したベストセラー「1リットルの涙」と、その母親の潮香さんが書き上げた「いのちのハードル」(ともにエフエー出版)。彼女がかかったのは、現時点では体の筋肉が痩せないよう運動訓練を続け、進行を遅らせる薬を使うしかない難病。

体のふらつきに始まり、歩行困難、手や指の不自由、喋るのも発音があいまいになるなど、それぞれの症状が少しずつ進行し、最後には寝たきりになってしまうさまを、主演の大西麻恵がリアルに演じている。彼女は実際の主治医に取材し、同じ症例の方のビデオを借りて動きや喋り方を研究、養護学校で実習まで行ない役作りをしたというから、迫真の演技も納得だ。

公式HP→http://www.allout.co.jp/movie.htm


テーマ : 映画
ジャンル : 映画

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。