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新聞に載らない内緒話

純粋な男たち

ボクシングにまつわる連載原稿を書き終えた。
 小さなジムから日本タイトルに挑戦する有望選手が出、その試合までのジム内の人間模様、弱小ジムならではの悲哀、そして主人公となる24歳のボクサーを追いかけた。試合結果よりも、その過程が主眼で、勝つか負けるかは神のみぞ知る、と踏んでいた。
 それでも今年2月から、試合のあった6月2日までカバーしたから、あしかけ5ヶ月にわたる取材だった。他の取材との掛け持ちだから、ジムに常駐して取材したわけではないが、それでも暇をみつけては出向き、月7,8日はジムの空気を吸った。
 もともと野球記者だったから、ボクシングについては無知に等しい。しかし、付き合った選手、各ジム会長、トレーナー達、周辺の人物たちはいかにも純粋で、まじめで、一途で、まだこんな風景があったんだ、と眼から鱗の落ちる思いである。プロ、アマ野球の醜い事件の最中だったから、その思いはなおさら際だった。
彼らを見ていると、物事に「のめり込む」とはこんな感じだろうか、とふと思ったりもした。
 取材が進行してゆくにつれ、日本ボクシングコミッション(JBC)の事務局長、安河内剛さんが忠告してくれた。「ボクシングって、たとえば知っている人間がリングに上がろうものなら、耐えきれないものですよ。感情が吹き出しますよ。試合中、泣き出さないでよ。すこし選手にのめり込み過ぎていない?」と冷やかし半分で声をかけてくれた。
 原稿を書くのが商売だから、そんな心配は無用だが、それでもリング後方で試合のゴングを聴いた時、スッと血の気が引くのを感じた。「冷静に、冷静に」と自分に言い聞かせながら試合を追った。
 試合は残念な結果になった。左目上11針、右目上5針を切る、流血戦だった。
 試合後の控室に選手の妻が、1歳の長男を連れて現れ「痛いの痛いの、飛んでけぇー」と笑わせた。彼が医務室へ向かおうとすると、すれ違いざまに「ボクシング、やめないでね」と小さくささやいた。ジム会長は妻に「今後のことは、もう少ししたら話し合おう」とすわった目で伝えた。
 午後10時半過ぎに控室を後にした。地下からの階段を上がると、ほんの2時間前、超満員だったホールはすでにリングのロープもはずされ、人影は皆無だった。ジーンズと、シャツに着替えた彼が、荷物を肩にかけ出口に向かう。背中を追いかけると、
 「負けちゃって、スイマセンでした。せっかく原稿書いてもらったのに」。
 この夜、同じ言葉を3回聞いた。
 「なあに、こっちも54年間生きてきたけど、いつも負けっ放しだ」。
 そう返事をしたら、ニヤリと笑ってくれた。

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新聞に載らない内緒

時の流れ
              
 夕方、仕事を終えて飲みに出る。さすがに寄る年波で、馬鹿な飲み方はしなくなったが、それでも毎日、どこかの町で一杯、やる。
 5月は神田祭、三社祭と大きな祭りが続く。縁あって今年も神輿を担ぎにいってきた。昔は担いでいるのか、飲んでいるのかわからなくなるほど、神輿と酒は付き物だった。長い道中、休憩を挟めば、その場が酒盛り会場で、飲み過ぎて神輿が上がらなくなる失態もずいぶん経験した。
 もっとも、この手の馬鹿騒ぎは近年、御法度で、路上での煙草、酒はすっかり見られなくなった。まぁ、これも時代の流れで致し方ないが、かつてを知る者としては少々、寂しい。それでも、神輿を収めれば天下御免で、居酒屋へ繰り込み酒を飲む。
 その昔、「あの札付き」と形容された連中も還暦を迎えて、「孫が可愛くてね」と相好を崩す。それでもひとたび神輿の担ぎ棒を見ると、年甲斐もなく突撃し、7歳ほど年下の私はハラハラしながら眺めている。がっしりした体格は往年を想像させるし、荒っぽい人生を送ってきたのであろうが、そんな風雲の時期を経たからか、みんないい「おやじ」になっている。
 先日、山谷へ久しぶりに出かけ、地元の飲み屋で一杯、やってきた。山谷という地名はすでになく、台東区と荒川区にまたがるこの辺りは「山谷地区」と呼ばれる。泪橋(なみだばし)という、日比谷線・南千住駅から近いここが、山谷地区の中心で、60年代にマンモス交番を中心に荒れた場所である。
 懐かしくて、お目当ての店の暖簾をくぐると、意外や閑散としている。がらんとした店内に数人、労働者たちが酒をあおっていたが、大声を上げることもなく(もっともこの店は昔から大声は禁止だったような気がする)、なんだか別の世界へやってきたような風情である。
 「まぁ、今時こんなものでしょう。景気もよくないしね」。
 連れが、この男もかつてのお祭り男だが、「ここも三社祭に神輿が出ているんだよな」とぽつり。なるほど一部は台東区に引っかかっているから、さぞ立派な神輿があることだろう。それにしても、夜更けの町並みに往年の輝き(というべきか)はない。
道沿いに、コインロッカー屋があり、以前取材をしたものの、事情があって原稿化出来なかった。兄弟で店を経営しているのだが、「最近は荷物を取りに来ない人も多くなりました。木賃宿に泊まっても周囲が信用できないから、仕事の道具だけ預けて、消えてしまう人もいます」とのことだった。
酔っぱらって、三ノ輪まで夜の町をあるいた。15分ほどの距離だが、道中、誰とも会わなかった。

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