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恩師

今日の朝、「新聞がはいってないよ」と1本の電話。
慌てて店を出る。

嘉穂高校の裏門の所を通ると、寒そうに先生が1人立っていた。
音楽をガンガン鳴らして運転しているのに聞えてくる、生徒に向かっての

「おはよう!」の声。

「あっ!H先生!」 ←なんかエッチな先生みたいですが・・・

思わず車を止めてしまいましたが、「先に新聞を持って行かなくては」と、ここは声をかけるのを我慢。
帰りに声をかけようと考えたと同時に「あんた誰やったかな?」と言われそうな気がしてちょっと気が引ける小心者の俺。よく考えると高校卒業して15年くらい経っている。

帰りに前を通るとまだ寒そうに立っていたので声をかけてみた。
最初、目があったがすぐにそらす先生。「やっぱり覚えてないかぁ」と落ち込む俺。でもくじけず近づく。すると

「おぉ~、加藤やないか!」覚えてくれてました。

ただそれが嬉しくて日記を書いてみました。


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新聞に載らない内緒話

さよなら 温泉小学校

先日、一通の案内状をいただいた。
 小学校の卒業式招待というもので、正確には「お別れ式」と書かれている。温泉地で有名な箱根に箱根町立温泉小学校という学校がある。その名の通り、校内には温泉が引かれ、子ども達がそれこそ肌の触れ合う「教育」を受けてきた。在校生37人の、この小学校が3月19日に閉校になる。温泉小学校最後の卒業生を送り出す式が、つまり「お別れ式」ということになる。
 昨年、「閉校夢風船」と題して、連載を書かせて頂いた。小学校最後の運動会で、子ども達は100個の紙風船を、校庭から打ち上げた。風船には、学校が今年度で無くなってしまうこと、そしてこの風船を拾ったら連絡が欲しいとの短冊をぶら下げた。そのひとつは相模湾を見下ろす有料老人ホームにたどり着き、もうひとつは伊豆半島の西海岸のゴルフ場に届いた。他にも数カ所、風船は舞い降り、それを拾った人たちと、小学校の間で手紙、メールによるささやかな交流があった。そんなストーリーであった。
 「温泉小学校」というユニークな校名と、「学校が無くなってしまう」という興味から取材を申し入れたのが、昨年9月だった。学舎(まなびや)が無くなるという現実を学校関係者は、子ども達はどう受け止めてゆくのか。しかも、明治6年開校の学校が135年の歴史を閉じようとしている。原稿になりそうだ、と踏んだわけである。
 「学校が廃校になるそうで」と取材を申し込んだら、ぴしゃりとはねつけられた。「廃校ではありません。統合です。学校統合で、新しい学校が出来るのです」と教頭先生は言った。なるほど、廃校とは言葉の響きが悪い。しかし、それは学校関係者の、単なる表現上の見栄のような気がして「それならば廃校という言葉を使わないで原稿を書かせてもらいます。それでいかがですか」。そんな交渉で、昨年10月22日に同校を訪問した。その時は紙風船のことはまったく知らされていなかった。取材をしているうちに前述のストーリーが浮かび上がってきたわけである。
 紙風船を拾った人たちを訪ね歩いて、なぜ風船が飛ばされたのか、そのいきさつを説明する立場にいつしか、なった。「いい話ですね」と誰もがうなずいてくれた。連載が終わった頃、温泉小学校の校長先生から電話をいただいた。その折り、ひとつお願いをした。
 「卒業式に出席させて頂けませんか。取材の締めくくりにしたいのです」。
 そう言っておいたのだが、雑用に追われ、そのことをうっかり失念していた。校長先生は私のお願いをおぼえていてくれたのだろう。早速、出席の電話を掛けると、「あの記事、校内に掲示しました。子ども達も読んでくれてます」と嬉しい言葉をいただいた。
 3月半ばの箱根は、桜の季節だろうか。37人の生徒達とともに、「さよなら」を言ってみたい。

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新聞に載らない内緒話

斉藤の笑顔に安心した       

 異国の地で“キャンプイン”した2人は、元気だという。米アリゾナでリハビリを続ける小久保と斉藤が、プロ野球人生で初めて、2月1日を海外で迎えた。現地で取材にあたった四竈衛記者によると、2人のリハビリは順調に進み、明るく、元気にインタビューに応じたという。

 気がかりだったのは、斉藤の様子だった。1月23日の再渡米の際、テレビのインタビューでファンへのメッセージを求められると、瞳がうるんでいた。「最悪の場合も覚悟してますよ。でも、手術をしないと去年以上にならないわけですから。悩みましたけど、道は1つ。しっかり治してきますよ」。そう言い残して左手を振る姿は、どことなく寂しげだった。

 斉藤は98年にも右肩の手術を受けた。自身のブログには野球人生で一番つらかったことに「右肩の手術後のリハビリ」と明記している。「あのときとは状況も立場も違うけどね。でも、僕は運がいいんですよ。運一本でここまできた。今回も小久保さんが一緒ですから。普通ありえへんよ、2月1日にアメリカでリハビリして、しかも小久保さんが一緒なんて」。

 前回の手術の際、小久保も同じ福岡県内の病院で右肩の手術を受け、入院中だった。その小久保のリハビリに取り組む姿勢に胸を打たれ、斉藤は野球に対する態度を根本から改めた。そして、エースに上り詰めた。「これほど心強いことはない。1人やないからね」。2月3日付の日刊スポーツに掲載された2人の写真を見て、安心した。

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新聞に載らない内緒話

野球と裁判            

暇な時は裁判所に出かけることにしている。言うまでもなく裁判の傍聴である。
 築地にある小社から地下鉄で4駅目、電車に乗ってしまえば10分程度で東京地裁の玄関に到着する。一般には敷居の高い場所ではあるが、通い慣れ、その仕組みを理解すれば案外親しみが湧いてくる。受付でこの日の裁判一覧を無作為に抜き出し、該当の法廷に出向く。
 刑事裁判なら検察官と被告人・弁護人、民事ならば原告と被告(弁護人)がその論理を展開する。人にはそれぞれの歯車があり、何かの拍子にその軸がぶれてしまったり、かすかにそのかみ合いが軋んだときに、思いもよらず法廷に立つなどということが起こるのかも知れない。彼らの応酬に聞き入りながら、自分の人生もまた、平凡ではあるけれど、それなりの必然と偶然に支えられていたことを感じる。
 ある強盗事件に係わったことで立件された被告人は、盗んだ札束を仲間とともに、アジトで数えさせられた。本人の主張は300万円余であったが、検察側は500万円だという。「そんなたくさんの金ではない」とする被告人に対して、裁判官が問いかける。
 「あなたの数え間違いではないか」
 「そんなことはない。もし、500万円余ならば記憶に残っている」
 いぶかしがる裁判官に被告人はこう付け加えた。
 「私は高校まで野球をやっていました。その時の背番号が『5』でした。『5』にまつわる数字ならば間違えることはない」
 やっとつかんだレギュラーの、その証であったのかも知れない。青春の、強烈な記憶であろう。
 また、別の裁判。逮捕された男は大麻栽培、大麻取締法違反だった。結婚、そしてお定まりの離婚。子どもに会うことも出来ない1人暮らし。寂しさを紛らわすための大麻吸引ではあるが、栽培をしていたところに常習性を感じる。
 「もし、もう一度社会復帰したとき、あなたはどう生きようと考えているのですか」
 被告人に裁判官が尋ねる。
 「子どもが少年野球をやっています。私も中学、高校と野球をやっていました。可能ならば少年野球のコーチをしながら更正の道を探りたいと考えています」
 彼の望む、その更正の可否はともかく、「野球」とは、いや「スポーツ」とは法廷とこんな関わりも持っている。
 2月1日、プロ野球のキャンプが始まった。
打った、走ったもその興味であろうが、ふっと人生の原点もまた、考えてみたくなる。

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新聞に載らない内緒話

どんと祭り

 正月明けに、ふらりと熱海へ行って来た。海岸に出てみると人だかりがする。何だろうと近寄ってみると「どんと祭り」である。地方によって呼び方は異なるのだろうが、正月の松飾りなどを集め、一気に燃やす行事といえば、思い出す方もあるかも知れない。
 都会の、場末に住んでいるが、こんな行事はとっくになくなってしまい、それは人手不足であったり、燃やす場所がなくなってしまったり、消防法との関連などやむを得ない理由からである。
 点火を待っていると、半纏を着た地元の人が「どうぞ」と2メートルほどの細竹を手渡してくれた。その先端には銀紙に包まれた瓢箪状のものがくくられている。銀紙を開いてみると紅白の、丸いお餅が串刺しになっている。噴き上がるであろう炎にかざして焼け、ということだろう。雲が低くたれ込めた、肌寒い海岸に大きな火の手が上がり、青竹がパーンと破裂するたびに歓声が起こる。
 「このお餅をいただくと、無病息災。よいお年を」
 火柱に近づき、細竹を伸ばす。顔が炎にあぶられ、ひりひりするのを我慢して丸餅をくべる。時折引き出して焼け具合を確かめるが、まだ十分ではないのだろう。丸餅は固いままだ。
 帰り道、熱海駅近くの、知り合いの蕎麦屋に顔を出した。どんと祭りの話をしたら「それは結構でした。こっちは地元のくせに商売に追われて参加出来ませんでした」と店の主人は頭をかいた。
 「あやかりましょう」
 と、手を差し伸べてきたから
 「それならばお裾分け、ではなくてお福分け」
 と、握り替えしたら 
 「お福分け。いい言葉をご存じで」
 と、ほめられた。
 お上から分け与えるのが「お裾分け」。上下関係が色濃い。庶民の富の分配は「お福分け」という。こちらは対等なおつき合いが真情である。
 帰りがけに蕎麦味噌をお土産にもらった。
なんだか、いい年になりそうな予感がした。

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