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新聞に載らない内緒話

王登美さん死去
              
 ずいぶん昔の話だが、「王家の人々」というルポを書いた。確か、王さんの巨人監督時代、初優勝の時だから昭和62年ということになる。家族、とりわけ兄弟の証言が欲しくて兄・鉄城さん(故人)にアプローチをかけたが、返事はいつも「ノー」だった。ただし無碍(むげ)ではなかった。「プライベートなことなので誠に申し訳ありませんが、遠慮させてください」と丁寧な言葉が添えられた。
 王さんの姉・大田原順子さんはたった1度の電話取材を快く引き受けてくれた上、その年から毎年、心のこもった年賀状を届けてくれる。「どうか弟をよろしく」―こう結ばれた新年のあいさつは今年で22回を数えた。
 もし、王家に家風というものがあるとしたら、これであろうし、それをはぐくんできたのは父、故・仕福さんであり、登美さんだろう。「周りの人を大事に、決して人に迷惑をかけるな。ここは人様の国(他国)だから」という仕福さんの口癖は異国で生き抜かねばならない人間の、のっぴきならぬ処世訓であったろうが、その言葉をぬくもりのある、人生訓に変えたのは登美さんではなかったか。
 東京は新宿御苑近くの古びたビルが王家の「実家」だった。実用一点張りといった、鉄の扉を開くと仕福さんを祭った、ひと抱えもある仏壇が鎮座している。登美さんは日に一度はこの前へ座り、静かに深く頭(こうべ)を垂れた。小さな、細い肩の持ち主は、立ち上がった拍子に、ひょいと仏壇の中へ吸い込まれてしまいそうだった。
 「お役にたちましたでしょうか」。
 取材が終わると、登美さんは必ずこう問いかけてくれた。
 明治34年、富山県富山市に生まれ、国籍を中国に変えないことを条件に(当時の話だが)、昭和3年、結婚。戦中を耐え、戦後の混乱を生き抜いた。どんな時代であったか、生前にもっと聞いておくべきだった。
 平成22年、盛夏に死去。享年108―。
 静謐(せいひつ)だが、しかし強靱(きょうじん)たる「王貞治」の母であった。 

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新聞に載らない内緒話

阿武松余聞
              
 以前なら「阿武松」と書いて、すぐに「おうのまつ」と読めたのは相撲ファンか、落語好きだけであったろう。
 六代目三遊亭円生が時折、「阿武松」を高座に掛けた。こんな具合の噺だった。
 能登の国から長吉という男が相撲取りを目指して上京、武隈文右衛門という関取に弟子入りし、小車というしこ名をもらった。この小車、あまりの大食のため悲鳴を上げた部屋からすぐに破門、手切れ金として一分の金を渡され、放り出された。大食が原因で破門とは何ともふがいなく、いまさら恥ずかしくて国にも帰れない。
そこで長吉、手許に残った一分の金で今生の食い納め、後は川に身を投げて死のうと決心する。橘屋善兵衛という旅篭に一泊するが、その食いっぷりに驚いた善兵衛が事情を聞くと、かくかくしかじかで明日にも死ぬという。同情した善兵衛は根津七軒町の錣山(しころやま)喜平次という親方に長吉を預け、代わりに出世するまでの間、月に五斗俵二俵ずつ食いぶちを送る約束するが、錣山はそれには及ばぬと長吉を弟子にして小緑というしこ名を与える。
 この小緑、とんとんと出世し、入幕して小柳となり文政五年、蔵前八幡の大相撲でかつての師匠、武隈と対戦する。この立ち会いが長州候の目に留まってお抱えとなり、さらに阿武松としこ名を変え、のちに大横綱となる。
 かつての親方とタニマチの心意気をうかがわせて、何とも粋な噺だった。
 最近は「阿武松」と書いても、誰もが読める。この名を掲げた部屋が、野球賭博の舞台となったからである。
 力士とひいき筋、つまりタニマチとの関係が問題になっている。先日、ある相撲ファンと話をする機会があった。元横綱の断髪式に出席するというその人は「土俵に上がって、断髪のためのハサミを握るだけでも金がかかるんだよ」と笑った。襟元の、髪一本ハサミをあてるだけで1万円、「髷の、根元付近を断髪するなら100万円のご祝儀を包まなければ、ね」と言う。
 真偽はともかく、とかく力士の周辺は金がかかる。タニマチは一種のステータスで、近ごろはIT関係者の羽振りがよい、とも聞いた。力士を引き連れて豪遊するのだそうだ。
そんな風景は今も昔も変わりがないのだろうけれど、根本的に異なるのは落語「阿武松」にある、橘屋善兵衛のような「相撲を育てる」という意識が微塵もない、ということだろう。  
もちろん親方衆もしかり、である。

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夏の夢、今、走り出す

第92回全国高校野球選手権大会のキャッチフレーズです。

いよいよ8月7日、明日から開幕です。

地元飯塚高校を破って、甲子園出場の西日本短大付属高校、ぜひとも甲子園でもがんばって優勝してもらいたいものです。

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ご挨拶

 毎日暑いですね。やっと梅雨が明けたと思ったら・・毎日が体温並みの暑さ。
今年は残暑も厳しいと天気予報・・・。 熱中症になった方も、かなり多いみたいですね。
車もエアコンがなかなか効きません。
暑がりの私にはかなり辛いです・・。
暑いからとクーラーの効いた所ばかりに居ると、なんだか体がだるくなってしまうし・・・
早く冬が来ないかな~(笑)
皆さん、水分補給と塩分補給をしっかりして下さいね。

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