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新聞に載らない内緒話

場末っ子の意地

NHKの連続テレビ小説「梅ちゃん先生」は私が生まれ育った蒲田が舞台である。東京の城南、大田区の焼け野原からの復興が描かれる。昭和28年生まれの私はもちろん終戦直後とは無関係だが、駅前のバラック街の名残を見た記憶はあるし、焼け焦げたトタンの、金属質で、刺すような硝煙の香りはかすかに鼻腔(びくう)に残っている。
 この街の出身に、俳優の小沢昭一さんがいる。戦前、この街で小沢さんの父親が写真館を開いていた。ご本人も自ら「写真屋のセガレ」という。
 父親は新潟県長岡で育ち、高田の小熊写真館で写真をおぼえ、東京は下谷・根岸を経て、この地に腰を据えた。JR京浜東北線で多摩川を越えれば川崎という、いってみれば蒲田は東京の最南端、江戸っ子ならぬ「場末っ子」とも自ら称していた。
 その昔、松竹撮影所があり、映画館がひしめき、寄席もあった。先進的な工場が次々と建ち、今では信じられないだろうが最先端の街だった。
 「小沢写真館」は蒲田駅からちょいとはずれた女塚(おなづか)にあった。板張りのそれは白いペンキに塗られ、西洋館の風情を醸し出している。もっとも小学校に上がるころ、父親は体調を崩し、伏せってしまったから、「写真屋のセガレ」といっても写真の技術があるわけではない。
 そんな小沢さんが写真集を出したのは1974年(昭49)、「珍奇絶倫 小沢大写真館」(ちくま文庫)。「私は〝血〟を信じているので、(写真屋だった)父を知ることで、自分を知りたい」とカメラを構え、撮りまくった。対象はソープランド嬢、ストリッパー、旧赤線、吉原、エトセトラ。
 被写体の1人、ストリッパー一条さゆりが「公然わいせつ物陳列罪」で逮捕されたのは72年5月7日。大阪での引退興行を3日残しての所業に「あと3日待って彼女を引退させてやる『男心』が警察になかったわけです」と罵倒(ばとう)した。彼女の、さらにファンの「女心」を解しない不作法をなじった。
 「いや、取り締まるなと私は言っているんじゃない。むこうもショーバイだ。どんどん取締んなさい。取り締まりの側と芸能は、相いれないまま大江戸の昔から長げぇつきあいだ。だけど、あの取り締まり方の〝男心は〟」―
 「バカヤロウ!」
 写真屋のセガレの、このタンカ。場末っ子の意地がある。

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