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新聞に載らない内緒話

内陸の人脈
         
 雪の、岩手県内陸を旅すると、文人に数多会う。
 東北新幹線一ノ関駅を降りて徒歩10分ほど。地酒「世嬉の一酒蔵」の、蔵元レストランにたどり着く。かつて酒造りをしていた大正から昭和初期に建てられた蔵が散在、一隅に「いちのせき文学の蔵」がある。
その一角、「ここは別名、マージャン部屋とも言いまして」と関係者が笑って指差したのは、6畳ほどのスペースで、書庫が見え、棚はあふれんばかりの書籍、遺品で埋め尽くされている。
 骨太の輪郭、ざんばら髪のポートレートを見て「あぁ、阿佐田哲也はここで亡くなっている」と思い出した。「色川武大」の名で主に純文学を、「阿佐田哲也」名では「麻雀放浪記」などギャンブル小説を残した彼の(他に井上志摩夫のペンネームもあったが)、その無頼の人生はここで潰えている。
 転居魔とは知られた事実だが、その終焉の地がなぜ一関であったのか。平成元年3月に世田谷区成城から転居、その直後に心臓発作で倒れ、4月10日午前10時30分、亡くなっている。土地との縁は、蔵近くにあるジャズ喫茶「ベイシー」であったという。音響の良さではマニアの〝聖地〟である。
俗に「居眠り病」、ナルコレプシー(発作性睡眠症)に生涯悩まされた氏は、彼の文学、とりわけ純文学の集大成を、東京から遠く離れたこの地で果たそうとしたフシがある。
 山形県出身の井上ひさしもほんの一時期、ここ一関に住んだ。母親が、逃げた亭主を追い掛け(この豪放磊落な母親については多く書き残されている。一読を)、この地にやって来た。すぐに彼と弟は仙台の児童養護施設に転居したが、多感な井上青年はこの地で高校野球に熱く触れ合っている。
 さらに若き日の島崎藤村や幸田露伴、北村透谷が訪れ、国語辞典「言海」の著者・大槻文彦の祖地で、直木賞作家の三好京三ら多くの文学者を輩出している。
 さらに東北自動車道を北上する。「白だか水色だか変にぱさぱさした雪の粉」舞う、右手の北上山地界わいはイーハトヴ・宮沢賢治、ありがたき「ふるさとの山」は石川啄木ゆかりの地である。
 県境近く、八幡平の新安比温泉「静流閣」には瀬戸内寂聴。平泉・中尊寺で得度した彼女は後に「天台寺」の住職となって法話をこなした。その折、この温泉を隠れ家とした。
最後に二戸市の酒蔵、銘酒「南部美人」を訪ねる。寒造り真っ最中、その雑沓で一品を口に含む。甘口でも辛口でもなく、トロリ溶け出した酒味が舌をかすかにシビレさせ、凍えた血管に微量の熱気を送り、清冽な空気と中和する。「コレ、うますぎる!」
かくして内陸縦貫の旅は、終わる。

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