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新聞に載らない内緒話

「夏」の再会

高校野球の地方大会が始まった。
 ちょっといい話を紹介したい。先日、知人から頂いた会報「明治大学校友会・埼玉県東部支部報」に掲載されていた物語である。
 1958年(昭33)8月3日、神宮球場で東京都大会決勝戦が行われた。明治高校対早稲田実業高校。試合は両軍投手の投げ合いで延長12回裏、1対5のビハインドから同点とした明治の攻撃はさらに1死三塁。ここで打席に立った宮澤政信が左中間を破るサヨナラ打、混戦に終止符を打った。
 この試合、王貞治(現ソフトバンク監督)が先発、打線も奮起し、早実は1対1で迎えた延長12回表に4点をあげ5対1とした直後だった。怪物といわれた王だったが、思いの外不調で、最後の場面でマウンドを同僚に譲り、5連続甲子園出場を逃している。
 歓喜の明治は翌々日の8月5日、甲子園へ向け東京駅を出発しようとしていた。このプラットホームに王が見送りにきた。
 「がんばってこいよ」。
 サヨナラ打を放った宮澤は「ありがとう。がんばるよ」と、言葉を選ぶ余裕もなく、思いの丈を精一杯こめて、こう言ったという。
 付け加えるならば、この明治の、大阪行き切符と現地での宿舎は早実が手配したものだった。延長12回表、スコアを5対1とした時点で、勝利を確信した早実関係者が神宮球場から手配したものだった。
 王はその後、朝日新聞紙上でこんなコメントを残したという。
 「あの試合はいい試練だった。神様が『あまりのぼせてはいかん。ひとつ痛い目にあわせてやろう』と思ったんじゃないか。この経験がなかったら、プロに入ってからの苦労を受け入れられなかった」。
 会報の記事は、当時の早実・宮井監督ら関係者の話をまとめ、宮澤のコメントとして、こう締めくくっている。
「王さんはあのゲームで投手断念の踏ん切りをつけたといいます。そしてもし5度目の甲子園へ行っていたら、大学へ進学したとも伝え聞いています。もし、そうだったら、その後は少なくとも違うものになっていたでしょう。1本足打法も、長嶋との出会いも、巨人V9も、そしてホームラン王として、監督として世界一になることも…」。
 サヨナラ打を打った宮澤は現在、釣り餌の大手メーカーの代表取締役として活躍している。

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