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新聞に載らない内緒話

温泉小学校再訪
           
 3月19日は、なんとも落ち着かない日だった。
 午前10時過ぎ、テレビに速報が流れた。秋田県藤里町の連続児童殺害事件で、畠山鈴香被告に無期判決が下された。裁判で言えば札幌地裁の、こちらは食肉偽装事件で、食肉製造加工会社「ミートホープ」の元社長・田中稔被告に懲役4年の実刑判決が言い渡された。さらに昨年4月、伊藤一長・前長崎市長が選挙事務所で射殺された事件の論告求刑がこの日、長崎地裁で行われ、死刑が求刑されている。いずれも世間を騒がせた大事件で、なんともやるせない気分にさせられる。
 一方、政治経済では日銀総裁が戦後初の空席になるなど、この国の政治屋どもの馬鹿げた混乱が続いている。株価は1万2000円台を回復したものの、円高基調には変化がない。
 私といえば前夜の深酒がたたって、赤ら顔にズンズンと痛む頭を抱えて、JR東海道線に飛び乗った。小田原駅で下車、バスに乗り換えて箱根町立温泉小学校に向かった。前回の、このコラムで紹介したこの小学校の「お別れ式」に出席するためである。スポーツ新聞の人間が何とも場違いな場所に招待されたものだが、これも昨年この小学校を舞台にした連載記事を書いたのが縁(えにし)になっている。ご多分に漏れず、少子化、過疎の波を受け、温泉小学校が135年の歴史を閉じる、その現場に立ち会おうというわけである。
 「よく来てくれました」と校長先生、教頭先生の出迎えを受けた。「こっちへ来てください」と手を引っ張られ出向いた部屋は、この学校の歴史を伝える手作りの資料室。明治6年(1873年)5月にお寺を仮校舎として前身が開校、その歩みが一覧されている。その入り口に私の拙稿がコピーで拡大され張り出されていた。招待状を受け取ってから、なにやらこの小学校を再訪するのが楽しみで、前述の、ひどい二日酔いは、前夜からこの日の到来が楽しみで、嬉しくて飲み過ぎたゆえである。
 式は淡々と進行した。在校生徒、学校関係者らだけではなく、白髪の老若男女が会場となった体育館に続々と詰めかけた。明治の開校から3代、4代と続く、みんなかつての在校生たち。手渡された卒業生全名簿に目をやる。修了証書(卒業証書)は明治16年4月20日の支校時代から綿々と、無名人たちの名前を刻み込んでいる。尋常小学校、国民学校、時には疎開先学校として、村立、町立と形態を替え、学校はこの町に息づいてきた。今年度の卒業生は7人、最後の修了証書番号は1905番になっている。
 児童37人による挨拶。学校生活の四季を、思い出を、まるで詩を読み上げるようにして代わる代わる、声変わり前の、ソプラノで、あるときは朗読し、ある時は歌い上げた。顎をあげ、体育館の天井を見据え、その声は突き抜けるかのような勢いがあった。久しぶりに聴く、高音の合唱が心地よかった。
 来年度からはスクールバスによる登校になるんだろうな。ちょっと遠い学校まで通うことになるのだろう。どうか交通事故に遭わないように。新しい環境に負けないで、新しい生活になじんでいってもらいたい。
 空は午後になって本格的な雨になった。周辺の、箱根の山はけぶり、体育館にはストーブが設置されて、真っ赤な炎をあげた。

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