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新聞に載らない内緒話

新入社員諸君!

 まだ大学生だった頃(高校生だったかな)、4月1日の新聞を開くと1ページをまるまる使った、作家の山口瞳さんのコピーが目に飛び込んできました。「新入社員諸君!」と題したサントリーの広告でした。もちろん私は、新入社員ではありませんでしたが、そのコピーは妙に心にしみいるもので、切り抜いて保存した記憶があります。ずいぶん昔の話で、その切り抜きもどこへいってしまったか、皆目わかりませんが、ふとあの時のコピーに出会いたくてネット検索をしてみました。便利な世の中で、いくつかがたちまちヒットしました。以下の文章は「新入社員諸君!」とは別物ですが、「少年達よ、未来は」と題した山口 瞳さんの作品です。年度替わりのこんな時期、ふさわしいのではと、引用してみます。
                 
 私が会社に勤めて月給を貰うようになったころ、そのとき私はまだ二十歳だったのですが、私の先生にあたる人と一緒に、ある会場に行くということがありました。 
 駅で切符を買い、改札口を通ったときに、電車がプラットフォームにはいってくるのがわかりました。駆け出せば、その電車に乗れるのです。すこし早く歩いたとしても乗れたと思います。周囲のひとたちは、みんな、あわてて駆けてゆきました。
 しかし、先生は、ゆっくりと、いつもの歩調で歩いていました。私たちが階段を登りきってフォームに着いたとき、電車はドアがしまって、発車するところでした。駅には、乗客は、先生と私と二人だけが残されたことになります。
先生は、私の気配や心持を察したようで、こんな意味のことをいいました。
 「山口くん。人生というものは短いものだ。あっというまに年月が過ぎ去ってしまう。しかし、同時に、どうしてもあの電車に乗らなければならないほどに短くはないよ。…それに第一、みっともないじゃないか」
 私は、この言葉に感銘をうけました。
 何かの事件が起こる。乗り遅れまいとして、ワッと飛びつく。そのために自分の歩調を乱す。それはミットモナイことなのだ。そんなふうにも解釈したのです。目的地に達するための電車が来る。駆け出せば、それに乗れる。そういう事態は、その後の23年間に何度もありました。
 そのたびに、私は先生の言葉を思い出しました。私は教訓的なことを言うつもりはないのです。ナーニ、5分も待てば次の電車が来るのです。先生と私以外の乗客は、みんな、前の電車に乗ってしまいました。先生と私は次の電車に乗りました。その電車は空いていて、悠々と座ることができました。私は、なんだかよくわかりませんが、あッそうかと思ったのです。
少年たちは、自分の未来をどのように想定しているだろうか。あるいは、現在の世の中をどう見ているだろうか。私には非常に興味があります。
 Aという地点からBという地点に到達するには、さまざまな道があると思っていただきたい。AからBに行くために、いったんCに寄ってみることも可能なのです。
 あるいは電車を一台やり過ごしてもBという目的地に達することができます。AからBに直線的に進むというのが、少年や青年の特徴であるかもしれない。私には、実のところ、少年達が自分の未来像をどのように想定しているかということがわかりません。人によって千差万別でもあるでしょう。
 しかし、私の経験からいうならば、ただひとつ、アセッテハイケナイということだけは言えると思うのです。焦る必要はない。
 そうして私は、ストレートに社会に出てきた青年たちに、ある種の脆さを感ずるのです。脆いところの青年達は、同時に絶えず、身を立て名をあげるために焦っているように見受けられるのです、近道反応が目立つのです。
 もう一度、言いましょうか。
 人生は短い。あっというまに過ぎてゆく。
 しかし、いま目の前にいる電車に乗らなければならないというほどに短くはない。

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