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新聞に載らない内緒話

津波の重さ

入社間もない時期だから、昭和50年代半ばだろうか。上野発仙台行きの寝台急行が運行していた。午後11時42分発「新星」で、仕事を終え、社からタクシーを飛ばせば発車のベルに間に合った。B寝台の、料金の安い3段ベッド最上段に潜り込んだ。伸ばせば天井に手が届いた。
 列車は翌朝5時ごろに仙台駅に着き、ここで東北本線の、急行の乗り込むと昼すぎには青森に着いた。同じ仙台駅から仙山線に乗れば山寺駅を通過して山形、さらに奥羽本線で秋田、日本海へと向かう。
 やはり仙台駅から運行されていたのが仙石線だった。仙台駅と石巻駅を結ぶこの路線は、始発駅を出ると市街地ばかりで見るほどのものは無いが、塩釜駅を過ぎたあたりから海が列車に寄り添うようになり、松島海岸駅で一気に眺望が開ける。1番電車を降り、さらに気仙沼、釜石、三陸海岸沿いに北上すると、夕刻に、青森県八戸にたどり着いた。
 宮城県仙台市に2年10カ月、単身赴任をしていた時期があり、休暇をもらうと仙石線で海を見に行った。途中、野蒜(のびる)という駅があった。特に印象に残る風景ではなく、ただその駅名が珍しかったので、記憶の底に眠っていたのである。
 前置きが長くなった。
 先日、「3泊4日」でこの地を訪ねた。
 行政が行う震災支援ボランティアに参加した。担当地域が東松島市大曲地区、仙石線東名(とうな)駅、野蒜駅が近い。東名は最近になってやっとボランティアが入り、野蒜の街は見渡す限りの地盤沈下で〝海〟になっていた。
 帽子にゴーグル、防じんマスク。上下の雨がっぱの下は長袖、長ズボン、踏み抜き防止の安全靴。耐油手袋でスコップを握り、床下のヘドロをかきだし、土のう袋に詰める。側溝の、ズッシリと重いコンクリートのフタをひとつずつ開け、スコップを突きさすと、厚さ20㌢ほどのヘドロが剣先に、どろりとまとわり付いた。土のうがまとまると、1輪車で所定の場所までヨロヨロと運んだ。
 作業の合間、陸前赤井駅に入り、ホームに立ってみた。
 鉄路は、途切れた。枕木は流され、砕石だけが曲線を描き、遠くへ延びている。
 確かに昔、この線路で旅をしたはずである。
 ホームを降り、線路近くの側溝の、ヘドロにスコップを刺す。腰を落とし、腕に力を込めた。異臭を放つそれは、津波の〝重さ〟をぶら下げたまま、腕を伝って体内に入り込み、深く沈殿した。

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