カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
Facebook
最新の記事
プロフィール

加藤 利教

Author:加藤 利教
Katoh's Roomへようこそ!

カウンタ
カウンタ2
現在の閲覧者数:
ブログ検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

新聞に載らない内緒話

野球と、ベースボール
               
2月、プロ野球はキャンプに突入する。ファンにとって文字通りの〝球春〟で、今季の行方を楽しみにするムキも多かろう。
子供時代、「大きくなったら何になりたい?」と大人から尋ねられたものである。男子なら「プロ野球選手」、女子は「お嫁さん」と、いまどきの子供に比べたら可愛いものだった。とあれプロ野球選手とはそのくらい価値があった。昨今は野球賭博に手を出す輩(やから)も飛び出すくらいだから、子供たちの認識も変わってきているかも知れない。
先日、知人が「三田評論」のコピーを持ってきてくれた。慶応義塾の機関誌で明治31年3月に創刊されている。この大学には縁もゆかりもないが、知人は「お前の商売には関係あるだろう」とおもんばかってくれたのである。2002年(平14)8・9月合併号で、「野球とベースボールの話」という「三田演説会」講演録が掲載されている。
講演は山下大輔さんによるもので、同年6月25日に三田演説館(福沢諭吉建造の、日本初の演説会堂)で行われた。山下さんについては今さらだが、慶大卒、プロ野球大洋、横浜で活躍し、華麗な守備でならした名選手。大リーグ傘下でコーチも務めている。
なかなか読み応えのある講演録で、その一部にこんな記述があった。長くなるが山下さんの口吻(こうふん)とともにお伝えしたい。講演は、終盤に差しかかっている。
「最後に『少年の夢』と題して、あるアメリカ人が書いた文章を訳して、ここで読み上げてみたいと思います」
「カンザスに育った子供の頃、友達と魚釣りに行きました。ある夏の暖かい午後、そこに座って私たちは将来大きくなったら何になりたいかについて話し合いました。私は彼に『本物のメジャーリーガーになりたい。真のプロフェッショナルと言われるあのホーナス・ワグナー(殿堂入りした有名な選手です)のような』と言いました。私の友達は『合衆国の大統領になりたい』と言いました。私たち二人の夢は叶いませんでした」
「実はこれを書いたのは第三十四代合衆国大統領ドワイト・D・アイゼンハワーなんです。アイゼンハワーの幼友達が大リーガーになったかどうかわかりませんが、この人のこの言葉が『アメリカ人にとって野球とは何か』ということを、明確に語ってくれているような気がするのです」
こんなくだりもある。「ミラクル・メッツ」が登場する映画「オーロラの彼方に」(原題Frequency、2000年公開)に出てくるセリフ―。
 「(米国の)父親が子供に教えることは千年たっても変わらない。教えることは三つだけだ。それは憲法とロックンロールとベースボール」
 やはり「野球」と「ベースボール」は異なるようである。
 
スポーツ、芸能情報は日刊スポーツへ。
ご購読申込は朝日新聞飯塚西部販売店もしくは日刊スポーツ販売局 0120(81)4356へ

新聞に載らない内緒話

「七味五楽三会」
              
「一富士二鷹三茄子(なすび)」とは、縁起の良い初夢のこと。
 富士は日本一の山、鷹は賢くて強い鳥、茄子は事を「成す」。徳川家康が好んだ富士山、鷹狩り、初物の茄子。他にも、江戸時代の富士講に由るとの説もある。
 先日、この「一富士二鷹三茄子」を一度に味わってやろうと静岡市を訪ねた。頂戴したお弁当を開いたら、その片隅に煮付けた「茄子」が田楽風に鎮座していた(ついでに由比港に立ち寄り桜エビの沖漬け、かき揚げも賞味した。絶品である)。
 久能山東照宮の唐門をくぐったら「二羽の鷹」を発見した。
 あとは「一富士」だけである。世界文化遺産を構成する資産のひとつ、三保の松原へと赴いた。前日までの不順な天候も、この日は雲ひとつ無い、文字通りの日本晴れ。
海岸縁で、強烈な北風にあおられ、コートの襟はハタハタ鳴ったが、その見晴らしは絶景であった。紺碧の空、霊峰頂きにかかる雪、すそをあしらう万緑の松林。
三色一体。「まるで銭湯のペンキ絵。絵葉書そのものだね」と毒づいたら「地元のわたしらでもこんな富士山を見るのは今年初めて。ぜいたくをいうもんじゃない」とたしなめられた。
初春の吉兆である。「ありがたや」と手を合わせた。
「一富士二鷹三茄子」、その言葉のリズムの良さで人口に膾炙(かいしゃ)したのだろうが、そう言えばその昔、江戸の庶民は「七味五楽三会」と唱えたものだと江戸研究家の杉浦日向子さん(早世してしまったが)が話していた。略して「七五三」―。
「七味」とは、味を楽しむという意。昨今の、これ見よがしの高価なグルメではあるまい。旬の、フッと出合った小さな味、生活の味が1年に7回も舌上のぼれば本望、だそうだ。
「五楽」は「あぁ、今日は良い1日だった」という感慨。楽しい想い出が5回もあったらめっけもの、手のひらに乗るような幸せで十分だ。
「三会」はせめて3人の、〝友〟と巡り会いたい。親友などと大仰な事は言うまい。かすり傷のよう縁(えにし)でも、気持ちの良い人と話がしたいのである。
大晦日の夜に1年をふり返り、その年が「七味五楽三会」であったなら、「こんな目出てぇ年はないねぇ」と江戸の人は喜んだという。 
ふり返れば、良くも悪くも諦念(ていねん)の似合う年回りとなった。すべて山っ気も、娑婆っ気も抜けたようである。色落ちがあったり切りっぱなしであったとしても、使い古しの、木綿の手拭いのようなしんなりと、肌になじんだ1年を送りたい。
「七五三」―。
脈拍数を落として生きよという、江戸からの伝言であろう。

スポーツ、芸能情報は日刊スポーツへ。
ご購読申込は朝日新聞飯塚西部販売店もしくは日刊スポーツ販売局 0120(81)4356へ



新聞に載らない内緒話

正月の、マグロ
              
 JRの、特急「しおさい」に乗って千葉県銚子を訪ねた。
 マグロに、会いに行った。
早朝、銚子港の第1卸売場で入札風景を見学する。マグロ類漁獲量といえば静岡県、高知県、宮崎県あたりが常連と記憶する。オヤッと思ったのは、銚子といえばサバ、マイワシ、サンマのはずだがと怪しんだからである。
 東日本大震災で被災したここは今年4月6日、衛生対策や鮮度保持のため最新の設備を導入した「高度衛生管理型施設」として生まれ変わり「銚子復興の印」となった。長方形の、プレストレストコンクリート造り2階建て、延べ床面積は7366平方㍍。解体費用を含む総事業費は約23億円と関係者は胸を張った。
 これを機会にマグロ水揚げ時の見学が可能となり、「ならば」と腰を挙げた訳である。
 2階の見学通路に立ち、見おろす。プーンと立ち上がる香り、アルミ製の簀の子にならべられたマグロたちの眼は瞠目するようで丸く大きく、口を45度に開け、ゴロリ品定めを待っている。
 銚子港を出て真東に2、3昼夜。陸から1000キロほど彼方で捕獲された近海ものは刺股(さすまた)のように開いた尾を切り落とされ、買人がその断面をのぞき込む。キロあたり3000円から1万円で取引される、その身を「重量40キロ以上のモノは尾身の切り口で質を問い、それ以下は尾びれ付近をめくって判断する」。
入札を終えたそれを運ぶ、台車のキリキリという軋みがその王者ぶりをうかがわせる。この日の水揚げ、メバチ84本、カジキ12本、ビンチョウ20本と教えられた。
 「銚子でマグロとは初耳でした。勉強不足だったでしょうか?」
 関係者に尋ねると「ここは生マグロの水揚げなら日本でトップクラス。ただ、入札が終わればそのまま築地に行ってしまうので(マグロの)イメージがないのでしょうな」と笑った。
JR総武本線銚子駅から5分ほど、浄国寺という古刹(こさつ)が見える。その境内に句碑が建っている。
「枯枝に からすのとまりけり 秋の暮」
松尾芭蕉が、晩秋を詠んだ。実際にこの地を訪れた形跡はなく、この句碑は地元の豪商大里庄次郎と野崎小平次が、俳聖を追慕して弘化2年に建てた、という。
寂寥たる季節の終わり。そう言えばマグロ(鮪)も晩秋を経て、冬の季語である。
「そうですね。銚子の、マグロのピークは11月から1月でしょうか」と関係者の声が耳に残る。
マグロは正月の、至福であろう。

スポーツ、芸能情報は日刊スポーツへ。
ご購読申込は朝日新聞飯塚西部販売店もしくは日刊スポーツ販売局 0120(81)4356へ

新聞に載らない内緒話

 「夏秋」と「春秋」  
            
 10月初旬、とあるパーティに招かれた。帰り際、お土産を頂戴した。筒状のそれに、もしやと思い自宅で包みを解いたらやはりカレンダーであった。
ずいぶん気の早い、とページをめくりながら苦笑いした。
 そう言えばと、暦を手繰ったらもう11月、お酉(とり)さまの季節である。足立区・花畑、淺草は鷲(おおとり)、新宿の花園など各地で酉の市が立つ。今年は11月 5日(木)一の酉、11月17日(火)二の酉、11月29日(日)三の酉と、三の酉まである。熊手が飾り立てられ、祝儀の手締めが雑沓に響く。
いつの間にか年の瀬は近づいているのである。
 やはり同月13日に、山梨を日帰りした。紅葉狩りが目的であった。私がプロ野球担当時代、取材に当たった某球団の、球団代表を務めた方からのお招きで、1日を楽しんだ。すでに都会での生活に見切りを付け、自宅を売却してこの地で自適な生活を営んでおられる。
お住まいは北杜市長坂町の「夏秋(なつあき)」。その地名に惹かれたのも事実である。人生の「春秋」を乗り越え、終の棲家が「夏秋」であろうか。
酒が入り、遠い昔の取材談義に花が咲き、風光明媚(めいび)にひとしきり遊んだ。
                 ◆
 十有三(じゅうゆうさん)春秋
逝く者已(すで)に水の如し
天地に始終無く、人生に生死有り。
 安(いづく)んぞ古人に類するを得て、
千載(せんざい)青史(せいし)に列せん。
                 ◆
江戸時代の文人・頼山陽、13歳の時の詩である。
その意は、生まれて「春秋」はや13年、水の流れと同様、時の流れは元へは戻らぬ。天地には始めも終わりもないが、人間は生まれたら必ず死ぬ、と解す。
末尾の「青史に列せん」、つまり「昔の偉人のように、千年後の歴史に名をつらねたいものだ」とは私にとって無縁だが、その野望や栴檀(せんだん)の例え、やはり大器であったか。
改めて、手許のカレンダーを繰ってみる。
私にそれは無機質な、単なる数字の羅列でしかないが、その理科的風景に唯ぼんやりと、明日を感じたのは、先取りされたカレンダーのせいであろうか。

スポーツ、芸能情報は日刊スポーツへ。
ご購読申込は朝日新聞飯塚西部販売店もしくは日刊スポーツ販売局 0120(81)4356へ

 

新聞に載らない内緒話

忘れかけていた日 
              
娘の誕生日が近づいた。「娘」といっても20歳代半ばも過ぎ、はたしてその形容がふさわしいのかどうか。
大学には入ったが、つまらぬと言って中退。海外での2年間は半分勉強、残り半分は放浪? を経て帰国。家を出、独立したから取りあえず1人前、のはずである。
今年の、私の誕生日にポロシャツを買ってくれたから、なにか負い目で、返礼をせねばなるまい。さて何がふさわしいのか、何を欲しがるのか、これがサッパリ思い当たらない。
こんな時の、親の心境を作家・青木玉(幸田露伴の孫。幸田文の一人娘であることはご存じと思うが)はこう書いている。
「自分の子育てが終わると、親はおもちゃの流行を忘れ、何歳の子は何に興味を持つか、てんで見当が悪くなる。以前、自信を持って子供の欲しいものをぴたりと選んだ時があったなあと郷愁に似た思いで眺めていた」(「上り坂下り坂」講談社刊)
なるほど、そういうことかと合点がいった。
とはいえ、誕生日は日増しに近づいてくる。さて、去年は何を贈ったか、記憶をたどったが思い出せない。
思い余ってメールを送ってみた。
「誕生日、何か欲しいものはないか?」
ホテル勤務の、夜勤明けの「娘」からは「今、起きたところ。ボンヤリしてるので、後にして」と素っ気ない。
いくら待っても返信はない。
親が「何歳の子は何に興味を持つか、てんで見当が悪くなる」ように、子供も「いつまでも誕生日でもあるまい」というのが本音であろう。恋人、良人(りょうじん)からの申し出ならば目を輝かせるのかも知れないが。
数日後、忘れた頃にメールが届いた。
「みんなで食事でもしよう。久しぶりだね」
 そういうことか。
誕生日とは、物のやりとりの日ではなく、忘れかけていた家族をもう一度、自覚する日なのかも知れない。
 年を取ると、子に教えられることが多くなる。
 世の習いとはいえ、ちょいと口惜しい。

スポーツ、芸能情報は日刊スポーツへ。
ご購読申込は朝日新聞飯塚西部販売店もしくは日刊スポーツ販売局0120(81)4356へ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。